amiteeのほげほげ日記

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雪かきなければ雪国最高

故郷の秋田は雪国だろうと思うが、子どもの頃に比べれば雪の降る量は減ったと感じる。それでも雪道が多種多様な危険を孕んでいることに変わりはなく、たとえば歩いていて「もしここで車道側に向かってすっ転んだら、意識は戻るのだろうか」と思うことも少なくない。

母は静岡出身で、嫁いで秋田の内陸に移り住んで最初の冬、雪かきをするという発想がまるでなかったらしい。初めて大量に雪が降った日の夜、スラックスを膝まで真っ白にして家に入ってきた父に「どうして雪よせてないの?」と尋ねられたが何のことか本当にわからなかった、という話は、冬になるとよく聞かされた。しかしいざ自分が雪国で育ってしまうと、そんな人が存在していることに今ひとつリアリティを感じられなかった。

だからわたしが仙台に住むようになって、冬に心底驚いたのは、仙台人にはあまり「雪かき」という習慣がないことだった。雪が降り積もったら、凍り付いてしまわないうちに、通行に支障がないように寄せなければならない、というのが常識の世界で育ってきたわたしは、仙台在住一年目の冬、太平洋側のくせにあほみたいに降り積もった雪に対して殆ど何の対策も施さない仙台市民を心から呪った。こけるから。つめたいから。「雪かきしていない道でこける確率」を1としたら、「雪かきした道でこける確率」が0.05くらいになるであろうことを理解してほしい。

そんな状態の仙台市も、冬道に対する雪かきの奨励や凍結防止剤の存在のアピール、運転者への注意などを、テレビや市政広報などで行なっている。その努力自体は歓迎だが、運転者向けのこの標語はどうなんだろうと思ってしまう。

  • 1割のスピードダウン
  • 2倍の車間距離
  • 3分早めの出発

うーん最初のふたつはいいだろう。問題ない。問題はみっつめだ。真冬、凍りついた道を、たとえ3分早めに出たとしても、果たして予定の時刻に着くだろうか?いや、着くはずがない。正直これは「3分」ではなく「30分」のほうがいいのではないかと思うほどだ。ところが30分ではさすがに余裕を取りすぎのような気もする。まあ15分から20分でじゅうぶんだろう。しかし、そうすると「1・2・3」の流れがぶち壊し。困ったものだ。

雪が降り積もったら、そこはしーんと静かになる。湿気を含んだ新雪の上、誰も歩いていない道を踏みしめて歩いていく感覚は独特で、ブーツの下できゅうっと鳴る音を聞くために、このまま歩いていたいと思ってしまう。そしてふと空を見上げて星が見えたら、それは本当にラッキーだ。日本海側の冬はいつも曇天模様で、晴れることはあまりないのだ。
すぐとける太平洋側の雪ではなく、根雪の上に降り積もった日本海側の雪、もっと言うなら故郷の雪景色が、やはり恋しい。